佐藤えり AV女優 |
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フジテレビなりにかなり力を掛けてつくられたと想像される時代劇ドラマです。尺は長すぎですが面白いですよ。
スタート時点は余りに無理がある設定にどうなることやらと思ったが、さすが三谷監督は天才だ。最後までストーリーが破綻せずに続いたのは驚いた。 とにかく荒唐無稽な設定の中で、唯一現実感があるのは佐藤浩市が演じる売れない役者かも知れない。中年になっても代役しか仕事が回ってこないのに、映画がとことん大好きでいつか自分の顔が映画館のスクリーンで大写しになることを夢見る役者の悲哀と滑稽さを見事に表現していて素晴らしかった。ヒロインの深津絵里も悪女っぽい役を可愛く、そしてセクシーに演じていてよかった。 設定に若干の違和感を感じながらもとてつもなく面白く最後まで楽しむことができました。
それがこの映画を観て、本当にスッキリ、キッパリ、スクリーンを観ながら思い切り笑えました。何も深く考えることなく『娯楽としての映画』最高でした!!今年一番気持ち良く笑った映画です♪
買い揃えた当方にとっては、初回特典含めて買うには躊躇しますが・・・ 第二期、第三期のTV放送から見始めた人は、絶対買って見よ、と強くお勧めしておきます。 おそらく、この後に販売されるであろう第二期、第三期のDVD-BOXを見終わった後に、 また、この第一期のDVD-BOXを最初から見たくなること、間違いありません。 ARIAってナニ? と言う方は、この第一期DVD-BOXから見て、癒しの時間を獲得してください。
この著作は記述形式上とても強い説得力をもっていて、それは、取り上げられる出来事の年月日と、関わった人々の人名、彼らの経歴、彼らが書き残したり、言い残したことばが漏れなく、纏まりよく収録されていることだ。こう書くとそれはごく当たり前のようにも思えるが、意外と本書のように上手く構成されている論述はそんなに多くない。その意味で、論文の記述の好例としても参考になる。 だが、そんな構成がなぜ可能になるのかを考えてみれば、それは全体として論旨が一貫しているからだと思う。本書を読んでいると、ここ数年でぼんやり考えていたことに対してはっきりと補助線が引かれていくのを確認できる。巷間で流布している「世論」ということば、それは中学校の公民で国民主権という憲法上の原則を機能させる力として学ぶ概念でもあり、新聞・テレビで定期的に調査されるものでもあり、読み方として「よろん」「せろん」という二通りの読みが許容される二字熟語でもあり、そのことばに触れるたびに雲をつかむような捉えようのなさを抱かせるものでもある。本書では、福沢諭吉「文明論之概略」が初出となる「世論」が軍人勅諭と同様に「世論に惑わず」といった、ともすれば人々を惑わせるような、一種の気分であり、感情的反応の発露と捉えられ、それはやがて総動員体制下で政府により宣伝・操作される対象になっていったこと、一方の「輿論」は、五箇条の御誓文で「万機公論に決すべし」といったときの「公論」に「公儀輿論」として含まれている言葉で、公の場において自らが担い、主張し、反論を受けてたち、再び主張していく際に責任を負う意見のことを言い、それはその意見を読み、聞く人たちの支持を仰ぐために広く伝えられるべきもので、言論の自由が積極的に適用されるべき対象としてあったことを具体例に即して指し示していく。 その「輿論/世論」関係に決定的な変容が訪れたのがGHQによる占領期で、その部分の記述が本書のハイライトになっていると思う。この時期に戦時総動員体制下の情報宣伝技術が軍事から民生向けにスピンオフされていき、その血脈が全国紙による世論調査に濃厚に継承されている事実に関する記述はスリリングで、目から鱗が落ちるし、この事実に立って現在の世論調査について、更にその世論調査に立って行われる政治の現状について考えてみると、それらの現象の奥にある本質が見えてくる。更にテレビメディアがポピュラー・センティメンツ、感情、気分、雰囲気を喚起するのに圧倒的な効力を発揮すること、アメリカの政治が日本のそれと明らかに異なるのはパブリック・オピニオン、公的意見、「輿論」をやりとりする伝統を保っている国と、パブリック・オピニオンとポピュラー・センティメンツが綯い交ぜになったままでことばと心がやりとりされている国の違いに起因していることなど、この著作から気づくことの出来ることは数多い。 意見を意見として話し、聞き、書き、読むことと、感情を感情として話し、聞き、書き、読むことの区別をつける能力は、今、総理大臣から中学生・小学生まで多くの人にとって必要なことなのだろう、と考えさせられる1冊。
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